もちろん「絶対安全」で「事故ゼロ」が理想なのは間違いありません。
とはいうものの、完璧ということはありえません。なにしろ遊びに出ること自体がリスクのある環境へ飛び込むことなわけですから、万全の準備をしていても起こるときは起こるのが事故。

まあ、基本的には「あそび」ですから、無傷で帰ってくるのが当然といえば当然ですが、そこは冒険になったりアウトドアスポーツになる「そとあそび」。
たとえば、競技性スポーツでは、多少の怪我(あと故障ともいいますね)は許容されている節、あるいは心理的に受け入れられる部分はないでしょうか?
ちょっとした青あざ(内出血)、打撲、捻挫くらいまでは(?)、ある程度見込まれた怪我(危険)という部分があると思います。
もちろん、わざわざ「骨折なんぞしても当然だから骨折させます」みたいなことはありませんが、スポーツの種類によっては多少の怪我は受忍(消極的な許容)できる危険とも考えられます。

もちろん様々な怪我に対して予防策は打って当然ですが、そこはどうしても避けられない怪我、故障というのはあるでしょう。
そして、ごく小さい怪我の可能性で済むうちに、危険(怪我の可能性)を経験、学習しておくことがこの段階でなら可能になるわけです。

安全とは、当事者(関係者)が損害を受けない状態のことで、
当事者が受忍できる危険(損害など)の程度により変化するもの

個人的に、上記のように安全を定義しているのですが、それではそれぞれが(消極的にでも)受忍できる危険とはどういうものでしょうか?
受忍した危険性を必ず引き受けるということではありません。「もし、多少の危険に遭遇した場合でもここまでは容認、覚悟できていますから(一応)もろもろ準備もできててなんとかなりますよ。」という感じでしょうかね。

そとあそび(アウトドアレジャー)において、競技性スポーツと同列に安全基準を語るものではありませんが、例えば(捕獲を含む)生物とかかわるアクティビティの場合、ひっかかれたとか噛まれたとかは、相手にもよりますが受忍できる可能性があるといえないでしょうか。(但し、そとあそびがアウトドアスポーツなのか?という疑問もあるでしょうし、アクティビティによっては競技性・スポーツ性の高いものもあるでしょう)

実際、屋外活動では、「何カ所か蚊に刺された」程度で目くじらを立てる人はおそらくそうそういないと思います。また、「ササやススキなどの葉で手を切った」とかもある程度見込まれた危険と呼べるでしょう。
(*蚊に刺されることは伝染性疾患の原因であるといえるので、単純に受忍可能と断じられなくなるかもしれませんね)
ヘビとの遭遇となると抵抗感がぐっと増すでしょうが、確実性の高い危険とはいいがたいです。実際、遊んでいて無毒の蛇にかまれても「あ~。やっちゃった」で済ます強者もいますし、まあ、そういう意味では、絶対的な危険とは言えないかもしれません。

あるいは恒常的に行うことにより起こりうる慢性的な故障も受忍できる危険と言う認識になりやすいのではないでしょうか。スポーツでいうところのテニス肘、投球障害肩などです。職業であれば職業病と呼ばれる部類ですね。(個人的には遊びの範疇ではこれも受忍したくないところですが)頻度が高い、あるいは強度の高い練習を要するスポーツ性の高いアクティビティではこのような危険(故障)も考慮しておく必要があります。


さて。実際のところ、個々人で受諾できる危険(状況)にはバラつきが出てくることと思います。

そこで、自分たちが行うそとあそびの中で遭遇する可能性の中で、ごく小さいものから、危険、事故的状況をリストアップし、どこまでなら受忍できるか考えてみることもよいと思います。
このことは、「潜在する危険を可視化する」という行程そのものなので、これはまさに危険予知トレーニング。

子供と一緒にできるのであれば、「たいへん」「いたい」「くるしい」「つらい」をキーワードにして遊び感覚でやってみると、子供目線での「危険」がリストアップされるでしょう。(この段階では受忍できるかどうかは関係なくできる限りのリストアップするべきです)次は、そのうちどこまでを本人が(あるいは保護者が)、「まあいいか・・・。」「しょうがないよね・・・。」として受け止められるかを考えてみましょう。もちろん、状況によって都度「まあいいか」は変動してもおかしくありません。

ほとんどの場合、「身体的損傷がなければよい」という考え方になると思いますが、よく考えてみると、身体的損傷(怪我)でもごく小さいものはさほど気にしないという方もいるでしょう。逆にかすり傷だって認められないという人もいるでしょう。それに、損傷(怪我)でなくても、じつは「疲労」というのも危険の可能性として認識しておくべきもので、どの程度許容できるがどうかも重要です。疲労自体もですが、疲労がほかの事故を誘発する大きな原因ともなりうるからです。
あるいは、身体的損傷ではなくても、物質的損傷、あるいは物理的消耗なども受忍できるレベルに差は出てくるかと思います。

ごく小さいかすり傷(薄皮一枚向いたような出血などを伴わないもの)などはそこそこ多くの方が受諾できるのではと推測しますが、たとえば極論ですが職業モデルさんであったりすると話は変わってくるはずです。
市販の絆創膏でなんとかなるような小さな擦過傷や切創あたりになると、そこそこ出血が伴うこともあるので受諾できるかどうかが分かれてくるところでしょう。昔の子供のイラストには必ずどこかに絆創膏があったものですが、最近はあまりそういう感じではないような気もしますから、だんだん受忍できなくなった可能性もあるのかもしれません。
個人的には絆創膏でどうにかなる程度の傷であれば、おおよそ、経過の観察をしつつ、プログラムは継続とします。しかし、積極的かつ継続的な止血を要するレベルの傷であれば、ほとんどの場合、行動の継続はあまり勧められません。中止、あるいは帰還という選択を取るべきでしょう。
「ちょっと足をぶつけて脛に青あざができました。まあ痛いは痛いですけど、我慢もできるし、行動にはほとんど影響を与えません。」というレベルならば、まあ微妙かもしれませんが、受忍できる人もいる思います。
これがアザの位置が顔になると、受諾できないという人が大半になるでしょう。
動作に支障が出てくるような創傷や、打撲、筋肉や骨などの損傷は基本的に受忍できないものと考えるべきです。
感覚器官に支障が出るような障害も、行動の中止が選択されるべき状況で、受忍できない危険です。

また、心理的な部分も実は相当影響するもので、気分の乗っているときと、そうでないときでは受忍レベルが変わることもありえます。
楽しくてしょうがないという時は多少の損傷(軽微な怪我など)を忘れて遊び続けることもあり得るでしょう。
逆に気分が乗らない(いやいや参加している。付き合いでやっている)ときだと、多少の損傷(軽微な怪我など)でも受忍しがたいものに感じられたりします。

装備品についても、たとえばスポーツをするのにあたり必須である道具などが機能的損傷を受けるのは受忍できないレベルでしょうし、使用には全く障りのない程度のひっかき傷ができたとか汚れたという程度であれば、受忍できると考えるべきでしょう。とはいえ、特に、参加者側の思考としては、おろしたてのアウトドアグッズに傷が入るような状況は受忍できないと考えるのも理解できます。これも心理的な受忍範囲の変動といえるでしょう。


ちなみに僕自身(引率時除く)の野外活動(主にダイビング)においては、大雑把に言ってこんな感じでしょうか。

受忍可能

状況
装備の損傷、痛みの伴わない転倒(腕で支えられる範囲)

怪我や傷害
ほんの少しぴりつく程度のクラゲ等の刺傷
市販の絆創膏で対応できる範囲の切創、擦過傷
(痛みを含め)動作に支障のない程度の打撲、内出血(あおあざ)

心理状況
恐怖に起因しない驚き。(冷静な行動を継続できる)

受忍不可

第三者による、捜索、救助、治療活動にお世話になる状況はすべて不可(ということなのですが、それ以外も含め一応もう少し細かく考えてみると・・・。)

状況
(身体、装備への損傷を含む)転倒
急浮上(ダイビングコンピュータに準じる、または毎分10mを超えるもの)

エア切れ(潜水時および水面移動含む)
直接的に生存にかかわる器材(呼吸、行動にかかわる)の不備

怪我や傷害
減圧症

毒性生物の咬傷、刺傷
上記以外の障害(痛み、あるいは障害自体により動作に支障があるもの)
潜水障害すべて

心理状況
上記状況が目前に迫った、あるいは不可避であるような恐怖感
常識的行動を継続できなくなるような恐怖感や混乱

受忍可能な危険でも複数同時に発生、継続すること

上記の受忍不可の事態が発生した場合は、まず中止、帰還。そして僕の行動能力内で事態の収束ができない場合は関係機関への援助要請(医療機関への受診)となります。

まあ、ごく一般的かなとは思いますが、自分の子どもと海に行くときについてもほぼ同様です。
これがお客さんを連れてグループを形成している場合などは、さらに少しばかり厳しくなったり、あるいは安全管理・コントロールの責任主体が、私からお客さんに移る部分について変動したり(当事者の責任において行動)するわけです。

もう一つ言えば、グループなどで行動している場合は周囲に気を使ってしまい自分の受忍できるレベルをごまかしながらグループと同行しようとする場合などもあり、受忍レベルが変動する可能性も考えられます。
「自分はちょっと辛い怪我をしているが、周囲の人がごく普通の状況なので言い出せない」などという状況です。周りに気を使う人なんかは陥りやすいかもしれません。


 あなたにとっての受諾(覚悟)できる危険はいったいどこまでのものでしょうか?

よく出かけるようなシチュエーションで考えてみてはどうでしょう。

求める安全や安心のレベルが見えてくるかもしれません。


 

※ここでいうところの受忍できる危険と言うのは、専門知識のある者から見た危険な怪我や兆候とは異なります。あくまで本人の考える危険な状況ということです。
危険に見えないような怪我、あるいは状況でも、じつは大きな危険の兆候だったりそのものである可能性もあり、注意が必要です。